お金の本質デジタル探訪

デジタル資産は「相続」できるのか?:新しい財産の形が問い直す、お金の継承

Tags: デジタル資産, 相続, お金の価値観, 所有, ブロックチェーン, 資産管理

はじめに:デジタル資産の普及と新しい問い

近年、ビットコインに代表されるデジタル通貨や、一点もののデジタルアートなどに価値がつくNFT(非代替性トークン)といった、新しい形態の資産が登場し、私たちの生活や経済活動に徐々に浸透してきています。これらのデジタル資産は、従来の銀行預金や不動産、株式といった物理的あるいは既存の金融資産とは性質が大きく異なります。手で触れることができず、インターネット上に存在し、その「所有」の仕組みも独特です。

こうした新しい形の資産が普及するにつれて、これまで当たり前だと思われていた「お金」や「財産」に関する様々な問いが生まれています。その一つに、「デジタル資産をどのように相続するのか」という重要な課題があります。物理的な財産であれば、その存在は明らかであり、法的な手続きに沿って比較的スムーズに次世代に引き継がれてきました。しかし、デジタル資産の場合、その存在すら知られずに「失われてしまう」リスクも指摘されています。

この記事では、デジタル資産が持つ独特の性質を踏まえ、相続という観点から「お金」や「財産」の新しいあり方、そしてそれが問い直すお金の本質について掘り下げていきます。

デジタル資産の「所有」が持つ特殊性

デジタル通貨やNFTの多くは、ブロックチェーンという分散型の技術基盤の上で管理されています。この技術の大きな特徴は、特定の管理者や中央機関を介さずに、個人が直接資産の管理や移転を行える点にあります。

ユーザーは通常、「ウォレット」と呼ばれるデジタル上の財布のようなものを使い、デジタル資産を保管・管理します。このウォレットにアクセスするためには、「秘密鍵」や「シードフレーズ(秘密鍵を復元するための単語の羅列)」が必要です。これは銀行の暗証番号や貸金庫の鍵に例えることができます。しかし、銀行と決定的に違うのは、秘密鍵やシードフレーズを失ってしまうと、原則として誰にも頼らず、資産にアクセスできなくなるということです。銀行であれば、本人確認などの手続きを経て再発行が可能ですが、ブロックチェーン上の多くのデジタル資産では、秘密鍵こそが唯一無二の「所有証明」であり、これを失うことは資産そのものを失うことと同義となる場合があります。

この「自己責任」による管理の度合いが高いことが、デジタル資産の所有の特殊性であり、同時に相続における最大の課題の一つとなります。

デジタル資産の相続における具体的な課題

デジタル資産を次世代に適切に引き継ぐためには、いくつかの乗り越えるべき壁があります。

1. 資産の存在と内容の把握が困難

最も基本的な課題は、そもそも遺族が故人がデジタル資産を所有していたかどうか、そして具体的にどのような種類のデジタル資産(デジタル通貨、NFTなど)を、どのくらいの量、どのウォレットやプラットフォームで管理していたのかを知ることが非常に難しいという点です。物理的な資産であれば、預貯金通帳や不動産の登記簿、証券会社の取引報告書など、形のある記録が存在することが一般的です。しかし、デジタル資産の場合、特定の記録を残していなければ、その存在自体が外部からは分からないことがほとんどです。

2. アクセス手段(秘密鍵など)の安全な共有

デジタル資産にアクセスするための秘密鍵やシードフレーズは、その性質上、極めて機密性の高い情報です。これを第三者に知られることは、資産を不正に操作されるリスクに直結します。そのため、多くのユーザーはこれらの情報を厳重に管理し、安易に共有することはありません。しかし、相続時には、遺族がこの情報なしに資産にアクセスすることは不可能です。かといって、生前に秘密鍵を安易に共有しておくことはセキュリティリスクを高めます。このジレンマが、デジタル資産の相続を複雑にしています。

3. 法的な枠組みと手続きの未整備

デジタル資産は比較的新しい概念であるため、現行の法制度や相続手続きが十分に追いついていない側面があります。デジタル資産をどのように評価するのか、遺産分割の対象となるのか、あるいは非課税の対象となるのかなど、明確なルールが整備されていない場合があります。また、資産が国境を越えて存在する場合(海外の取引所や分散型の仕組み)、どの国の法律が適用されるのかといった管轄の問題も生じ得ます。

4. プラットフォームやサービスの利用規約

一部のデジタル資産は、特定の取引所やオンラインプラットフォームのアカウントと紐づいて管理されています。これらのサービスのアカウントは、通常、利用規約によって本人以外の利用や譲渡が厳しく制限されている場合があります。故人のアカウントへのアクセスや、そこにあるデジタル資産の引き出しについて、サービス提供者が相続手続きに対応していない、あるいは複雑な手続きを求めるというケースも起こり得ます。

デジタル資産の相続に向けた考え方と対策

これらの課題に対し、現時点ではいくつかの対策が考えられますが、決定的な「これさえすれば大丈夫」という方法は確立されていません。

1. デジタル資産に関する記録の作成と共有

最も基本的な対策は、自身がどのようなデジタル資産を、どこで管理しているのか(ウォレットの種類、取引所名など)について、信頼できる形で記録に残しておくことです。さらに重要なのは、その記録の存在場所を、信頼できる家族や相続人に知らせておくことです。ただし、秘密鍵やシードフレーズ自体を紙に書いて安易に保管したり、記録に直接記載したりすることは、盗難や紛失のリスクを伴うため、慎重な検討が必要です。これらを安全に、かつ必要になった場合にのみアクセスできる仕組みを考える必要があります。

2. エンディングノートや遺言書での意思表示

自身のデジタル資産に関する情報を、エンディングノートや遺言書に記載することも一つの方法です。これにより、資産の存在を遺族に知らせ、どのように引き継いでほしいかという意思を示すことができます。ただし、秘密鍵などの機密情報をどのように記載するか、あるいは誰に委託するかについては、前述のセキュリティ課題が伴います。法的に有効な遺言とするためには、専門家(弁護士や司法書士)に相談することも重要です。

3. サードパーティサービスの利用検討

デジタル資産の相続支援を専門とする一部のサードパーティサービスも登場しています。これらのサービスは、ユーザーの秘密鍵などの情報を安全に保管し、ユーザーに万が一のことがあった際に、事前に指定された相続人にその情報が開示される仕組みを提供している場合があります。ただし、サービスの信頼性やセキュリティ体制を十分に確認し、利用規約を理解した上で慎重に検討する必要があります。

4. 技術的な解決策の可能性

将来的には、スマートコントラクト(特定の条件を満たした場合に自動的に実行されるブロックチェーン上のプログラム)を利用して、事前に設定した条件(例:一定期間アカウントの動きがない、指定された人物からのリクエストなど)が満たされた場合に、秘密鍵の一部を分散して保管場所から引き出す、あるいは資産を特定のウォレットアドレスに自動的に移転するといった、より技術的な相続の仕組みが登場する可能性も考えられます。しかし、これらの技術はまだ発展途上であり、設定の複雑さやセキュリティリスクも伴います。

相続が問い直す「お金」の本質と価値観

デジタル資産の相続という課題は、単に技術的な問題や法的な手続きの問題に留まりません。これは、私たちが「お金」や「財産」をどのように捉え、世代間でどのように引き継いでいくべきかという、より根源的な「お金の本質」に関する問いを私たちに突きつけています。

物理的な資産の継承は、土地や建物、株式といった「形ある価値」や「権利」を引き継ぐ行為でした。しかし、デジタル資産の場合、それは単なる数値データやブロックチェーン上の記録、あるいは特定のコミュニティ内での位置づけ(NFTなど)であることもあります。これをどう「財産」として認識し、その「価値」を次世代に伝えるのかは、新しい時代の課題です。

また、秘密鍵の自己管理が求められるデジタル資産は、個人の責任を極限まで高めます。相続における秘密鍵の管理は、家族間の信頼関係や、将来起こりうる事態に対する個人の備えの重要性を改めて浮き彫りにします。

デジタル資産の相続問題を考えることは、私たちが物質的な世界だけでなく、デジタル空間においても、自身の「財産」をどのように認識し、守り、そして大切な人たちに託していくのかという、新しいお金との向き合い方を学ぶ機会でもあります。法制度や技術が今後どのように発展していくかを見守りつつ、私たち自身がデジタル資産に対する理解を深め、家族と話し合い、自身の資産管理について主体的に考えることの重要性が増していると言えるでしょう。

まとめ:未来へつなぐデジタル資産

デジタル資産の相続は、まだ多くの課題を含む新しい領域です。しかし、これらの課題と向き合うことは、デジタル化が進む社会において、「お金」や「財産」の定義、そしてそれを世代間で継承していくことの意味を深く考える上で不可欠です。

物理的な形を持たないデジタル資産をどのように未来へつないでいくのか。そのためには、技術的な理解に加え、法的な枠組みの整備、そして何よりも、私たち一人ひとりが自身のデジタル資産について責任を持ち、家族とのコミュニケーションを通じて将来の準備を進めることが重要となります。デジタル資産は、単なる投資対象や新しい技術としてだけでなく、「お金」の本質や価値観を問い直す触媒として、私たちの意識変革を促していると言えるでしょう。